Jun 09, 2011

医師の求人需要のバランス

現在、産婦人科と外科医の不足と言われています。医師の数は増加しているそうですが、この診療科は激務なのでしょうか、医師の求人が出ても別にしようという意思がないようです。医師の求人は、サラリーマンとは異なり、どのようなグインネ方をするか分からないが、待遇を良くし、腕の良い医師の確保を求めています。
看護師の資格を取得するまでは、非常に大変で辛く、看護専門学校も中退に行く人も多いと聞いています。しかし、資格を取得すれば、一生続けらえることです。看護師求人はしていないことができず、不況の時代にもあまり左右されません。インターネットでの看護師求人サイトはたくさんあり​​ます。全国どこでも働く看護師は、いつの時代も人気の職業です。
 草加市は13日、東日本大震災で被災した宮城県石巻市に2トントラック1台分の支援物資を届けた。BOXティッシュ、トイレットペーパー、下着、草加せんべいなど。市民や草加青年会議所が寄託した物資の中から、石巻市が要請した品目を選んで輸送した。
 この日、物資と共に現地入りした草加市の岩戸博明危機管理監は「住民や自治体、自衛隊などが一丸となって復興に取り組み、まちも活気を取り戻しつつある」と、被災地の現状を草加市へ報告したという。【飯嶋英好】

4月15日朝刊

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 ◇原発、先見えず不安
 東日本大震災から1カ月を機に、毎日新聞は14日朝刊で避難者100人に行ったアンケート結果を紹介した。このうち、福島県双葉町から加須市の旧県立騎西高校に避難している2人の回答からは、先の見えない原発事故に対する不安と、「故郷に戻りたい」との強い思いが浮かんだ。【町田結子】
 ◇「事故収束、国の責任で」
 無職、木幡智清(こわたのりきよ)さん(70)は、震災の起きた3月11日は双葉町の高台にある小学校で一夜を明かした。12日午前には福島県浪江町の小学校、午後には弟の車で同県川俣町の体育館へ。19日には群馬県藤岡市の弟宅へ移り、31日から5カ所目の避難先となる旧騎西高校の体育館で約230人で集団生活を送っている。
 津波の来ることを防災無線で知ったという。大地震や津波の被害に遭うことについては「ある程度は予想していたが、これほどの規模は考えていなかった」と回答した。
 避難生活について、温かい食事は「何日かに1食」▽一番困っていることは「各部屋にテレビがなく情報源がない」▽ほっとすることとして「ボランティアの人たちがお湯を持ってきてくれたり掃除をやってくれる」▽一番したいこととして「自宅に一度帰りたい。何も持ってきていないし、自宅や周辺がどうなっているか見て回りたい」とした。
 双葉町について「復興できる」とし、「住んでいた地域に必ず戻りたい」と答えた。
 政府や行政に最も望むことについては「生活物資、住宅、就労などすべて」とした。
 最も不安に思っていることは「原発事故がいつ収束するか。子供たちも今後の計画を立てられない」との答えだった。
 家族の仕事については「息子が現在も原発関連の仕事をしている」と答えた。
 今、最も伝えたいこととして「雑魚寝状態が続いていて、赤ちゃん連れの母親も気を使っている。早く仮設住宅を建ててほしい。原発事故は国の責任で収束させてほしい」と回答した。
 ◇「政府はもっと情報を」
 小売業の相楽比呂紀(さがらひろき)さん(42)は消防団員だったため、11日夜は詰め所に近い自宅で待機。12日に川俣町の小学校に移り、19日に役場機能とともにさいたまスーパーアリーナへ。30日から旧騎西高校へ移動し、1階の教室で約22人で生活している。
 「アリーナに移って以降、せきが止まらない。通路に寝ていたためほこりがすごかったからだと思う」と、体調について回答した。
 避難生活について、温かい食事は「少なくても1日1回」▽一番困っていることとして「プライベートの空間がないこと」▽ほっとした出来事として「川俣町では住民たちが食べ物を持ってきてくれたり、風呂を使わせてくれた。埼玉でも行政任せにせず、ボランティアの人たちが必要なものを集めてくれた」とそれぞれ回答した。
 震災で壊れた自宅の一部は修繕する予定。今後の生計に関して「地元で仕事を再開したいが客が戻ってこないとできない」と答えた。
 双葉町について「復興できる。生まれ育った双葉町を取り戻したい」とし、「必ず戻りたい」と答えた。
 政府や行政に最も望むこととして「情報提供」を挙げ、「原発について分かったことを早く教えてほしい」とした。
 最も不安に思っていることは「ここにいつまでいられるのか」として、長引く避難生活に言及した。
 「とにかく情報がほしい。一時帰宅できるのか。どうやって帰るのか。(放射性物質の影響は)安全なのか。すぐ影響は出ないというが次の世代ではどうなのか」
 今、最も伝えたいことに挙げた。

4月15日朝刊

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